夜は飲みつつ料理三昧(禁酒やめた)


34歳兼業主婦出版系
by tokyo_ao
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
カテゴリ
以前の記事
最新のトラックバック
秘書技能検定通信講座
from 秘書技能検定通信講座
アパート山口県
from アパート山口県
ハローワーク熊本
from ハローワーク熊本
gucciスカーフ
from gucciスカーフ
ユーザー車検予約
from ユーザー車検予約
ライフログ
検索
人気ジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

<   2007年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧


Lesson21.『日陰の英雄たち-要人警護6』

 先日、出社したら会社が燃え始めていた。さっそく消火活動に入ったものの、私は消防署員を火元まで誘導したのち、逃げてしまった。この行動は往時には――いまでも、合理的に考えれば――妥当な判断だったと思われるが、心情的に忸怩たる感が否めない。なぜなら私のなかには、消防署員が、私の代わりに炎に立ち向かうことを「当然」と思う甘えがあった。

 この恐るべき甘えが、なぜ生まれたのか。ひとつには彼我の装備の差があり(署員は思いのほか嵩張り、狭いし当方を邪魔に感じる)、また別のひとつにはその場のリーダーシップの問題がある(「出てーっ!」と、複数の署員に叫ばれた、たぶん私が)。

 しかし私は、炎に立ち向かうためにはその危険性に基づいて論理的に導き出されるよりも、多くの勇気が必要とされることを身をもって知った直後だった。て、回りくどい言い方をしたが要は、思ってたより怖えーんだよ!
 なのに私の代わりに炎に立ち向かってくれに来た人に、「当然」と思うとはなにごとだろう。

 ……以上の屈託を経た前後に、本書を読んでたことは偶然じゃないかもしれない。本書はヴェテランBL作家秋月こおによる、SPの物語だ。
 
 序盤、SP候補たちによる昇進テストの幕は、あえて「平靴」による10キロマラソンで切って落とされる。一国の政治的なVIPのSPを務める以上、実用性よりもドレスコードが重んじられるから、という。
 SP候補生たちは各自血まみれの靴擦れを作り、もちろんその程度の理由でリーダーはテストを中止にしたりしない。

 いわばリーダー、まさに鬼教官。そしてその件に関して「初日からの負傷で気の毒だが」と、言った。「負傷」の一言で片づけられた。「負傷」も込みの任務であることに対する問答無用のアクションだ。
 一方この鬼教官は、BL小説的には「受」に相当する(「年上受」とか、「誘い受」のジャンルに該当するのかな)。候補生たちから、集団レイプの標的にされる程度には。

 ただしこの鬼教官にはステディー――て何だっけ――がいて、BL小説の文脈上、集団レイプは未遂に終わる。実現してたら阿鼻叫喚だ。幸い。

 ただ、私もこんなことは本当に言いたくないのだが、この鬼教官の「ステディー」である部下の、『あんたの尻を、ください』って、そのセリフは一体どう。それはホンモノの人たちに任せとけばよくないか?

 そしてその問いは既に不問に付されている。何故なら、「セブン-ワイ」でこの書籍の予約状況がすごかったから、私も予約しようとしたら、もう完売でできなかった。
 新作ゲーム機か? いまどき、通常の意味の書籍ではありえない。
 
 ゲイは腐女子を嫌悪するというけれども、お互い毛嫌いすることなくまずは「読んでみたら?」
[PR]

by tokyo_ao | 2007-01-29 22:33 | 無謀/BLを総括する

Lesson20.『冷たい瞳の騎士』

『歴史に残る仲のよい王、王妃のうち、お子に恵まれなかった、と記されている場合はかならずといっていいほど、王妃様が男性だそうです』

 新説だ。
 私が大学に入ってみて良かったと思っている点の、数少ない1つに、歴史に纏わる大変のびやかな環境を得られたことがある。
 日本の現代人にとって「歴史」は、高等学校における未履修問題が取り沙汰される程度にポピュラーな教養だ。しかし、ならば選良であるはずの成績上位者が、結果的に己れのオタク度を問われているに過ぎないという現場の必然を、どう解釈する?
 
 そんな教科は日本史と世界史だけだ。しかも男子のほうが、女子よりも歴史好き(を許される)という通則があるものだから、あからさまに女子であることを表す名の生徒は恥ずかしい。
 他を慮って肩身の狭さを感じる以前に、みずから、「この人たち(たとえば全国模試でより上位の、ほぼ男子)には勝たなくていい。むしろ勝ってはいけないのではないか」と思う。

 その点、大学は入れる人は入ったほうがいいと、これは心からの実感だ。なんぼでもマニアな人がいるものですから、いくらでも門外漢として笑っていることができる。大相撲が凶暴なデブをエンクロージャーすることで世の平安を保ってくれているのと同じく、大学は先鋭な余剰を包み込んでくれるのだ。
 酔った勢いのオリジナル保元の乱ラップとか、家人にふつうに笑ってもらえるのは元同級生ならではと思う(↓こんなの)。
 
 ♪まじ斬ーんの(まじ斬ーんの)
 オヤジ斬ーんの(リアル為よーし) 

 いっぽー為とーも(リアル為とーも)
 初の切腹、馬琴はどうでも生かしたい♪

 ……いいかげん書評に移るが、本書は前出の「姫問題」および「17歳問題」を検証し得る恰好のテキスト。本書の構成は、弱国の王子が強国の支配者に、「正妃」として迎え入れられるまでの一部始終である。
 一方、前出の『姫君は海賊にさらわれる』は、地球規模の大災害ののち独り生き残った男の子を、「海賊」の首領が助けるというストーリー。

 共通点といえば一見、「主人公が17歳」しか見つからないような両者は、意外にも同工異曲だ。
 まず何よりも、主人公が女であっては話がなまなましすぎて成立しがたいという点。『姫君は海賊にさらわれる』についてはLesson10で述べた通りであり、さらに本書は次のような台詞を用意している。
 『四歳のお子様であるあなたに、襲いかかってしまいそうだったのですよ』

 ……当時、発言者15歳。
 いろいろ考えてみたが、やはりどう考えても、りっぱな変態である。4歳児に欲情する「冷たい瞳の騎士」。
 ただ1点、この想定には瑕疵がある。つまり当方がつい、4歳の幼女に欲情する男子高生、を想定してしまうから犯罪的な変態性を感じるわけだ。では、4歳の男児に男子高生が、と考えるとき、彼の変態性はアップするような気もするが、本書の文脈では、「ならいいじゃん」と解釈すべきなのか?
 
 これが、意外とよくわからない。本書の勝因かもしれない。
[PR]

by tokyo_ao | 2007-01-19 22:14 | 無謀/BLを総括する

Lesson19.『蜘蛛の褥』

『それなのに、神谷はこの男との関係を壊さないために、自分に身を投げ出した。この男への想いを抑えるために、みずから進んで恥辱的なセックスに耽ったのだ』

 これら2つのフレーズから窺えるのは、「神谷」と「自分」との横溢する切なさと、本当に欲しいものには手が届かない懊悩と。「この男」を含めて3人ながら男性である。
 いま、急激に間口が狭まったな。

 本書には嗜虐と被虐とのたゆたいが通奏低音として常に流れつづけ、しかし緊縛や鞭は登場しない。「痛いのはイヤ」だが精神的なソレを求める、意外とオーディナリーな層にも、安心してお勧めできる一品と言えよう。
 (どうして三十女が同窓会したら、往々にしてSかMかの話にナチュラルに入る流れが存在するのか? なお卑近の実感)

 ……この安心感を支えるのは、冒頭の「それ」を支える説得力だ。
 それ、あの、という、こと、いずれも便利な承前の指示語だが、これらが有効に機能するか否かは、前もってどんな材料が用意されているかに懸かっている。  

 精神的Mを担当する主人公・神谷のもつ違和感は、恐らく世間にありふれたものだろう。
 自身に対する、故のない「からっぽ」感。少年期に実父を失い、義父と妹とを受け入れざるを得なかったことの屈託。たしかに実父を早く失うことは稀ではないにせよ、その失い方にあった、個人的な蹉跌と悔恨。

 これらは伏線として扱われているが、決してあからさまではない。読者に対し、「何かある」と思わせつつ「いつか語られるだろう」と間を持たせ、最終的に「語るのを待つ」モードに持っていくためには技量が要る。

 本書はその技量を満たしている。ただし口絵は下品だ。へたしたら、このLesson19まででいちばん下品だ。
 「安心してお勧めできる」って、いま、取り消してもいいですか。
 
[PR]

by tokyo_ao | 2007-01-13 02:45 | 無謀/BLを総括する

Lesson18.『トゥルース』

『どちらが抱く側になるかを賭けた、先にイカせたほうが勝ちという勝負では、既に二度も負けている』

 上記引用はつまり、男同士でセックスするにあたってのことを言っている。どちらがどうという役割が決まっていない間柄では、それは恐らく大変な問題なのであろうと拝察される。
 性的にありふれた嗜好の持ち主にとって、単に「セックスする」といえば、自分が何をすればいいのかは、ある程度自明だ。処女や童貞だって大概想像はつけているだろう。

 以上を鑑みるとき、直截な表現で誠に申し訳ないが、「入れる」「入れられる」という根本的な点について不分明な欲望の形というものが、わからない。そこまで具体的なイメージを欠いたまま、純粋なセックスへの願望というものは、存在し得るものなのか?

 以上の疑問は、驚くべきことに、本書のオビに書いてあった日本語3文字で氷解する。

 「攻×攻」

 ……それは、BL小説において既にジャンルとして確立されているシチュエーションらしい。と見做した根拠については割愛するけど、そうらしい。そうなのだ。
 現実世界において、酷くマイノリティでレアでマニアと思われるその世界を、僅々3文字で表現し得る日本語は偉大すぎないであろうか。

 この表現を目にしたとき、想起されたのは、生来全聾の子供らの話だった。手話も口話も教えられなかったとき、その子供らは、多く独自の「言語」を生み出すという

 つまり言語は本能であると、これらの論文は言う。
 私はこの子らの伝えたさ、もどかしさ、わけのわからない(であろう)悲しみ、孤独、努力、とりわけ傷だらけの努力を思ったとき、肺臓を揺すぶられる。ただし言語とはとても偉大な存在でありつつ、思想が必要としたときはいつでも生まれ得るオンデマンドなブツに過ぎない、こともまた覚える。

 はなしが重くなっちゃったんで「攻×攻」に戻りますが、このお話は第2弾で、恐らく続くらしいです。責任はとります。
[PR]

by tokyo_ao | 2007-01-04 22:48 | 無謀/BLを総括する